●七月の禅語

茶席の禅語(文月)

2011年7月29日 (金)

泣露千般草

(つゆになく せんぱんのくさ)

山の千草が泣いているかのように、露に打ちふしている。
寒山の美しい澄んだ心境です。

泣露千般草 露に泣く千般の草
吟風一様松 風に吟ず 一様の松  『寒山詩』

くさぐさの草はしっとりと下りた露の下に泣き 
どの松の梢も皆風に鳴って同じ歌を歌っている

可笑寒山道、而無車馬蹤。笑うべし寒山の道、しかも車馬の蹤なし。
聯溪難記曲、疊嶂不知重。連渓曲を記し難く、畳嶂重を知らず。
泣露千般草、吟風一樣松。露に泣く千般の草、風に吟ず一様の松。
此時迷徑處、形問影何從。この時迷径に迷う処、形は影に問う何れ従りかせんと

2011年7月26日 (火)

松下汲清泉

(しょうか せいせんをくむ)

松の下に湧く清らかな泉の水を汲む。

松の木の下に 絶えず湧く清水を汲んで、茶を煎る。
暫し世俗を離れ、自然を楽しむ、風流で心地のよい様。

2011年7月25日 (月)

渓泉清流

(けいせんせいりゅう)

谷あいに湧く山水が
静けさの中
細くも清らかに流れている。

茶を点てる水
第一を山水、第二を江の水、第三を井戸水     唐の陸羽は『茶経』

茶煙出戸深

(さえんとをいでてふかし)

茶のために沸かした煙が
家の外へと流れて出て、
ゆっくりゆらぎながら遠くへと及んで行く。

隔たりのない広がりと、深遠とした趣。

2011年7月24日 (日)

溪聲洗耳清

(けいせいみみをあらいてきよし)

耳を澄ませば
谷を流れる水の音
清々と心も洗われていく。
清浄な谷川の流れは耳する者の汚れをも洗い清め、
ただただ流れ澄み続けている。
耳から耳へ音を流し閉ざしがちな心にも
清流の音は、琴線に触れ、浸み入ってくる。

溪聲洗耳清  渓声耳を洗いて清く、
松蓋触眼緑  松蓋眼に触れて緑なり

2011年7月22日 (金)

清影揺風

(せいえいかぜにゆらぐ)

月の光 澄み渡り、
風の吹くまま そよそよと
竹も 影を伴い揺れている

2011年7月21日 (木)

泉聲中夜後

(せんせいちゅうやののち)

泉から湧き出る水の瀬音は、
夜の深まった頃、特に冴え冴えと響き渡る。
泉聲中夜後。  泉声中夜の後
山色夕陽時。   山色夕陽の時     『虚堂録』巻三
泉聲は、深夜に最も冱へ響き
山色は、夕陽に映じたる時が最も麗しい。
交わりは水のように、働きは山のように成れ

2011年7月20日 (水)

松風供一啜

(しょうふう いっせつに きょうす)

松風にも温かいお茶を一杯さしあげて共に喫する

瓦瓶破曉汲清冷、瓦瓶、破暁に清冷を汲み、
石鼎移來壞砌烹。石鼎、移り来て壊砌に烹る。
萬壑松風供一啜、万壑の松風、一啜に供し、
自籠雙袖水邊行。 自ら双袖を籠し水辺に行く       『介石禪師語録』
※「壑」は「谷」の意。萬壑(ばんがく)は多くの谷

多くの渓谷に響く松風を、ひと啜りにするとは、一味平等の意。
「一口吸盡西江水」と同じ境地。

2011年7月19日 (火)

一口吸尽西江水

(いっくにきゅうじんす さいこうのみず)  『馬祖語録』、『龐居士語録』他

大河の水を一口で飲み尽くす。
生半可な状態に停まらず、余すところなく一切を吸収し、
天地万物と一体となり無になれ。

一口吸尽西江水  一口に吸尽す西江の水
洛陽牡丹新吐蘂    洛陽の牡丹 新たに蘂(ずい)を吐く   『龐居士語録』

一切を飲み尽くし、絶やされた世界から、忽然と大輪の牡丹の花が咲く。
無から有が生まれ出てくる。
従来の悪地悪悟を蕩盡し、眞箇脱落の境界を、牡丹に喩へている。

利休は古渓和尚に参じて、この「一口吸盡西江水」の語によって悟りを開いたといわれている

2011年7月18日 (月)

竹葉々起清風

(たけようよう せいふうをおこす)

風に吹かれて竹の葉が、
さらさらとふれあいながら、
清らかな風を送っている。

誰知三隱寂寥中
因話尋盟別鷲峰
相送当門有脩竹 
為君葉々起清風   
虚堂智愚(きどうちぐ)禅師 『虚堂録』
誰か知らん三隠寂寥の中
話に因って盟を尋いで鷲峰に別れんとす
相送りて門に当たれば 脩竹有り
君が為に 葉々 清風を起こす

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