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2011年6月12日 (日)

山水有清音

(さんすいに せいおん あり)

山や川、自然には、澄んだ清らかな音があるの意。
人為のない、ありのままの世界が奏でる清浄な響き。

--招隠詩--             左思(さし)西晋の詩人

杖策招隱士。   策を杖いて隠士を招ねんとするに、
荒塗橫古今。   荒塗は古今に横る。
巖穴無結構。   巌穴に結構無きも、
丘中有鳴琴。   丘中に鳴琴あり。
白雪停陰岡。   白雲は陰岡に停まり、
丹葩曜陽林。   丹葩は陽林を曜らす。
石泉漱瓊瑤。   石泉は瓊瑤を漱ぎ、
纖鱗或浮沈。   繊鱗も亦た浮沈す。
非必絲與竹。   糸と竹とを必するに非ず、
山水有清音。   山水に清音有り。
何事待嘯歌。   何ぞ事として嘯歌を待たん、
灌木自悲吟。   灌木は自から悲吟す。
秋菊兼餱糧。   秋菊は餱糧を兼ね、
幽蘭間重襟。   幽蘭は重襟に間わる。
躊躇足力煩。   躊躇して足力煩う、
聊欲投吾簪。   聊か吾が簪を投ぜんと欲す

木の枝をついて隠者(仙人)を訪ね行くと、
荒れた道が人も通らぬまま塞がっている。
岩穴の住まいには立派な家などないが、
丘から琴の音が流れてくる。
白い雲が山の北の丘に停まり、、
赤い花が山の南の林に輝くように咲いている。
岩清水は美麗な玉のように石を洗い清め、
小さな魚が浮き沈みし泳いでいる。
管弦を用いるまでもなく、
山や川には清らかな音色がある。
どうして歌を謡う必要があろうか、
灌木が風に吹かれ、哀調を帯びて詩歌を吟じている。
秋菊の花は食用ともなり、
ひっそりと咲く蘭は重ね襟の飾りにもなる。
あれこれと歩き続けるうちに、足がつかれてしまった。
暫く、位を捨忘れ、この地にいたいものだ。

※「繞籬山水有清音。」(籬を繞る山水に清音あり)『宏智禪師廣録』

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