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2011年5月25日 (水)

修竹不受暑

(しゅうちく しょうをうけず)

竹林は、暑気を受けつけない。

節を幾重も持ち真っ直ぐ天に向かい、
青々と竹林が繁茂し、清浄清涼な風情ある日陰ができた。

「陪李北海宴歴下亭」 杜甫
東藩駐蓋。  (とうはん  そうがいをとどめ)
北渚凌清河。  (ほくしょ  せいかをしのぐ)
海右此亭古。  (かいゆうこのていふり)
済南名士多。  (さいなん  めいしおおし)
雲山已発興。  (うんざん すでにきょうをはっし)
玉珮仍当歌。  (ぎょくはい  なをまさにうたうべき)
修竹不受暑。  (しゅうちく しょをうけず)
交流空涌波。  (こうりゅうむなしくなみをわかす)
薀真衢所遇。 (うんしんあうところにかのうも)
落日将如何。  (らくじつはたいかにせん)
貴賤倶物役。  (きせんともにものにえきせられ)
従公難重過。  (こうにしたがうかさねてよぎりかたし )
 

李邕公は、東藩といわれる青州に黒い車蓋をとどめて
北方の渚を経て、河を渡り、この歴下に来られた。
歴下のこの亭は古くから有名で
ここ済南の地には、今日見てのように名士が多く居られる。
この亭で、雲が懸かった高い山を眺めるだけでも興趣が尽きないが
またこの上、玉珮の佳人が向かいに座り、歌を歌ってくれる。
高く青々と茂った竹林は 暑気などはを受けつけず、
合流していく諸々の水も いたずらに波を涌き立たせている。
この真趣ある境地に出会えて、大いに気に入ったところであるが、
日も暮れかかり、どうしたらよかろうか。
人それぞれ、貴きも賤しきも事物に使役され暇の少ないものであるから、
李公のお伴をして風雅な遊びを又してみたいが難しいだろう。

李邕(り よう)・・678年~747年 中国唐代書家

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