2011年8月31日 (水)

壺中日月長

(こちゅうじつげつながし)

悟りの妙境は、時空を超え、悠々としている。

只知池上蟠桃熟。 ただ池上に蟠桃の熟すを知り、
不覺壺中日月長 壺中日月長きを覚えず。

2011年8月11日 (木)

清泉石上流

(せいせん せきじょうを ながれる)

冷たく透き徹る清らかな泉の水が、
小川の石の上をきらきらと日の光受けて流れてゆく。

--山居秋瞑--  王維 

空山新雨後   空山 新雨の後
天気晩来秋   天気 晩来秋なり
明月松間照   名月 松間に照り
清泉石上流   清泉 石上に流る
竹喧帰浣女   竹喧(かまびす)しく 浣女帰り
蓮動下漁舟   蓮動いて 漁舟(ぎょしゅう)下る
随意春芳歇   随意なり 春芳やむところ
王孫自可留   王孫 自ら留まるべし

静寂な山に雨が降ったあと、
夕暮れは秋の気配が漂い、、
明月は松の木の間を照らし、
石の上を清らかな泉の水が流れる。
竹林のかしましいのは洗濯を終え帰っていく娘たち。
蓮の葉が動くのは、川下る釣り舟。
存分に茂った春草が、もう枯れても
春を褒めた王孫も、きっとここに留まるだろう。

2011年8月10日 (水)

瀧直下三千丈

(たきちょっかさんぜんじょう)

水が、巨大な瀧となり勢いよく真下に流れ落ちる。
雄壮な瀧は、涼しさを伝えながら、
生命の源である力強く勇ましい姿でもある。

--望廬山瀑布(廬山の瀑布を望む)--   李白
日照香爐生紫烟   日は香炉を照らして 紫烟生ず
遙看瀑布挂長川     遥かに看る 瀑布の長川を挂くるを
飛流直下三千尺   飛流 直下 三千尺
疑是銀河落九天     疑うらくは是 銀河の九天より落るつかと

日に照らされた香炉峰は、紫を帯びて霞んでいる。
遥か遠くに見える滝は、長い川を立て掛けたように流れ落ちている。
飛び下る流れは まっすぐに三千尺
まるで天空から、銀河が落ちてきたかのようだ。

2011年8月 6日 (土)

澗水湛如藍

(かんすい たたえて あいの ごとし)

谷川の水が満々て深く澄んだ藍色をしている。
一滴一滴、色の無い水が藍色に変わるまで満ち満ちて、
その変化する姿の中に不変の真理が宿っている。

色心不二、遍界曾て蔵さゞるを示すなり

※色心不二(しきしんふに)
「色」とは「色法」のことで、形あるものの意で肉体や物質的存在をいい、「心」とは「心法」のことで、目に見えない精神。「色」と「心」は一体不二とされる。

山花開似錦。  山花開いて錦に似たり、
澗水湛如藍。  澗水(かんすい)湛えて藍の如し

2011年8月 4日 (木)

万里無片雲

(ばんりへんうんなし)        『景徳伝灯録』、『圜悟録』他

見渡す限り雲ひとつない空。

心の隅々まで澄み渡っている状態。

空界無一物の樣子。
相対差別の相を滅し平等一如の境に喩える

2011年8月 3日 (水)

心静即身涼 

(こころしずかなれば すなわちみすずし)

こころが静かに落ち着いていれば、身も清涼である。
心頭を滅却した心身一如のところ

--苦熱題恒寂師禅室 熱に苦しみ、恒寂師の禅室に題す--   白居易
人人避暑走如狂  人々暑を避け走りて 狂するが如し
獨有禪師不出房  ひとり禅師の房を出でざる有り
不是禅房無熱到  是れ禅房に熱の到ることなきにはあらず
但能心靜即身涼  ただよく心静かなれば 即ち身も涼し

世の人々は暑さを避けて狂ったように家を逃げ出す。
独り禅師のみは房中に籠もったままでおられる。
師の禅室にも炎熱が押し寄せないわけではありません。
ただ心を静かに澄ませていれば、そのまま身も涼しくなるのです。

流水寒山路。深雲古寺鐘。

(りゅうすい かんざんのみち。しんうん こじのかね。)

流水寒山路。 流水寒山のみち。
深雲古寺鐘。 深雲古寺の鐘。   『蕉堅稿(しょうけんこう)』

谷川の音を耳にして
水の流れに沿う人気の無い山道行く。
深い雲の彼方から古寺の鐘の音が響いている。

2011年7月30日 (土)

明歴々露堂々

(めいれきれきろどうどう)
すべては、歴々として明らかであり、隠し立てなく目の前に堂々と露(あらわ)れている。
真理は、深遠な処に秘在していると探さずとも、ありのままの姿に現れています。
それに気付く曇りのない心が大切であります。

2011年7月29日 (金)

泣露千般草

(つゆになく せんぱんのくさ)

山の千草が泣いているかのように、露に打ちふしている。
寒山の美しい澄んだ心境です。

泣露千般草 露に泣く千般の草
吟風一様松 風に吟ず 一様の松  『寒山詩』

くさぐさの草はしっとりと下りた露の下に泣き 
どの松の梢も皆風に鳴って同じ歌を歌っている

可笑寒山道、而無車馬蹤。笑うべし寒山の道、しかも車馬の蹤なし。
聯溪難記曲、疊嶂不知重。連渓曲を記し難く、畳嶂重を知らず。
泣露千般草、吟風一樣松。露に泣く千般の草、風に吟ず一様の松。
此時迷徑處、形問影何從。この時迷径に迷う処、形は影に問う何れ従りかせんと

2011年7月27日 (水)

他不是吾

(たはこれわれにあらず)

他者にしていただいたのでは、私が為ることにならない。

ここ一点、自分を蔑ろにせず、

ここ一点、自分でするところを履き違えないようにしっかりやる。

他不是吾(たはこれわれにあらず)
更待何時(さらにいずれのときをかまたん)    道元『典座教訓』

自分がやらずに誰がやる。今やらずに何時やる。今日という日がある。

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たった一人しかない自分を
たった一度しかない一生を
ほんとうに生かさなかったら
人間、生まれてきたかいがないじゃないか (山本有三『路傍の石』より)

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